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2011.10.05 西岡利晃選手
ブログの中にyoutube画像をいれることが出来るらしいので練習がてら書き込んでみます。

先日、ボクシングWBCスーパーバンタム級チャンピォンの西岡利晃選手が日本人として初めてボクシングの聖地ラスベガスで防衛成功を果たしたことが相当話題になっています。

私は高校時代、先日島田紳助氏の引退会見で話題になったA氏こと渡辺二郎選手が活躍していたころから20数年来のボクシングファンなのです。

で、チャンピォンの中でも人気実力を兼ね備えた1握りの王者しか上がることの許されないラスベガスのリングで防衛成功したことは本当に大変な事件なのですが、そもそも日本国外で防衛を果たすこと自体が日本ボクシングの歴史で僅か3例目という快挙中の快挙なのです。
先述の渡辺二郎が1985年に韓国でKO防衛を果たしたのが1例目。で残る2例が西岡選手によるものなのです。

この西岡選手、初めて世界挑戦したのが2000年で以来11年にわたって一線で活躍してきた訳ですが、この選手ほど
大きく変貌を遂げた選手は他にはいないでしょう。

世界初挑戦以前は、ボクシング雑誌のインタビュー等にも現在では想像もつかないような相当なビッグマウスぶりを発揮し、対戦相手へのリスペクトに欠けたような発言も随所に見られたものでした。
で、肝心の世界タイトルマッチはというと、これは挑んだ相手が悪かった。相手はあの辰吉丈一郎を2度にわたってリングに沈め、通算14度の防衛に成功したWBCバンタム級チャンピオンのウィラポン選手。その圧倒的なプレッシャーの前に西岡選手はパンチを出せずひたすらバックステップを踏むのみ。「え???これが話題の天才ボクサー??」というような試合ぶりでなすすべなく敗れ去ったのでした。

それ以降は計4度にわたってウィラポンに挑み続けるもいずれも失敗。ボクサーとしては致命的ともいえるアキレス腱切断。愛する家族を関西に残し東京の帝拳ジムに移籍し、「世界前哨戦」と銘打たれたノンタイトル戦を何度もこなすものの世界再挑戦の機会は訪れる気配はなく、ファンの注目は自身が4度も打ち破れなかったウィラポンからタイトルを奪った長谷川穂積選手や亀田兄弟、内藤大助選手らに集まり、かつての天才は日陰の道を歩き続けたのでした。しかも悪いことにあるノンタイトル戦でリング入場の際、リングアナから「トシオカーッ!ニシオッカー!」などとコールされてしまい、それ以降マニアのあいだでは「トシオカ」というあだ名が定着してしまうという悲劇もおこりました。


しかしこの雌伏の時、いつ訪れるともわからない再挑戦に向け、来る日も来る日も自分自身を磨き続けてきたのでしょう。
そして2008年ラストチャンスが訪れます。

すっかり長くなってしまったのでいったんここでひと区切りします。




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